書籍執筆の壁

これは壁 Advent Calendar 2023の記事です.

書籍執筆の壁

研究者をやっていく中で,これはやっておきたいことリストの割と上位に入るのが,書籍を出版することであった. 情報系では特に,自分の成果が現物として現れることは少ないため,そういうモノへの憧れもあったのだろう. しかし,書籍を書きたいという気持ちを持っていても,実際なにがどうなって出版に至るか全くわからない人が多いだろうということで, その経験を共有するのがこの記事の目的である.

プロローグ

ある春の昼下がり(2022年3月ごろ),本でも書いてみたいなぁ〜と思っていたちょうどその時,ある書籍の翻訳をしませんか?というお誘いを受けた. 二つ返事で承諾し,はじめての書籍にワクワクしていると,また別の書籍執筆のチャンスが.主著で書いてみたいと思っていたので,こちらも話を進めていると, 大変お世話になった方から書籍執筆の話をいただいてしまった.すでに2冊執筆することになっているが,さすがに断れない.ええいままよ,とこちらも承諾. 同時に3冊の書籍執筆を抱えることになってしまった私,どうなっちゃうの〜〜〜???

まとめると,複数人での翻訳が1冊,1人で執筆が1冊,複数人で執筆が1冊ということである.それぞれについて紹介する.

1人で執筆

まず書籍執筆といえば1人で執筆することを想像するだろうから,この話からしたい.

きっかけ

とある編集者の方から,(書籍執筆とは関係ない)仕事を依頼されたのだが,そのメールのやりとりの中で(おそらく社交辞令で)書籍のアイデアがあればご相談くださいという文言があったので,遠慮なく相談したというのがきっかけである. 相談したアイデアのうち,1つは東京理科大でやっている教師なし学習の講義を書籍にするという話だったが,こちらはいまいち刺さらず, もう1つの機械学習による分子構造の最適化の話が刺さったため,その企画書を作るところからはじめた.

出版までの流れ

企画書

新しく書籍を作る際には,企画書を書いて出版社内で承認を得る必要がある.出版しても売れないと困ってしまうので,そこそこ売れる見込みがあるかどうかを判断する必要があるからであろう. 企画書では,どんな書籍を,誰が誰に向けて執筆するのかを明確にする必要がある.特に,書籍の内容を記述する際には,仮の目次を作って書籍の構成もある程度考える必要がある. 事前に編集者の方と色々ご相談させていただいていたので,執筆開始の承認いただけた.

ちなみに目次にページ数の目安もつけたのだが,これが守られることはほとんどなかった(超過しがち).

執筆

ただひたすら書いていく.業務外に執筆をするという約束だったため,平日の夜や休日に執筆する必要がある. 基本的には自分が知っている内容を書くはずなのだが,よく考えたら筋が通ってなかったり,書籍の一貫性のために表記を調整したり,そもそも詳細を忘れていたりするため, 元論文を何度も読み返したり,他の教科書を参考にしたりすることになり,思ったようには進まない. 体感としては,休日1日使って頑張って書いて4ページ程度で,数式が多い箇所だと10ページ程度. 週末1日は必ず執筆+平日夜もたまに作業して20ページ強/月,10ヶ月くらいかけて200ページ執筆というイメージである. コミットログを見てみると4.5ヶ月で100ページ書いていたっぽい.

今回の書籍ではプログラムも一緒に掲載・解説しているのだが,その部分が割と大変だった. 分子最適化技術では,SMILESというテキストによる表現方法を用いて分子を表現し,それを変分オートエンコーダで学習する手法が最も基本的なので, その手法を取り上げるのが自然なのだが,実際動かしてみると,その手法はほとんどうまく機能しないとされていた(実際論文の性能比較の表では大体一番性能が低い). しかし,性能が低いと書籍に書いたところで,読者は,じゃあなんでその手法を取り上げたんだ,という気分になるだろうから,なんとか性能が出るように工夫する必要があった. この作業は作業時間の見積もりがとれないし,そもそも性能が良くなるかどうかもわからないので,心理的に負担が大きかった. 実際,このプログラムと実験については初稿ではできあがっておらず,校正中に付け加えたりしていた.

編集者によるチェック

初稿ができあがったら,編集者の方からチェックを貰いつつ原稿を修正していく. 修正のために,書いた原稿を1から丁寧に読み直し,コメントを反映しつつ全体の整合性も保つのは結構大変である. そもそも日本語で原稿を書くことがあまりないので,日本語の修正を色々いただいたのだが,正しい日本語ってなんだろう…となる. 2周ほどして次の工程へ.

校正

次は原稿を組版してもらい,実際の印刷で使われるようなものを作ってもらい,そのチェックを行う. 本来は細かい修正や図表の位置の修正などをする工程のはずだが,私の原稿の場合は大きな修正箇所が残っていたりして,この工程でもパラグラフの移動などをやっていた.申し訳なさすぎる. 3回くらいやりとりした気がする.

出版

あとは契約書を交わし,印刷してもらい,出版!実際にできた書籍を手にしたときの感動は忘れません.

また,知り合いが購入してくれたりするのを見ると,「好き…」ってなります.この恩は一生忘れません.

よかったこと・よくなかったこと

自分が書きたいことをほぼ100%そのまま書ける自由は何にも代えがたい. しかし,自分1人で頑張らなければならないことが多いため,かなりしんどい.特に原稿のチェックがしんどい.

複数人で執筆する場合

複数人で執筆する場合でも工程は同じだが,複数人をとりまとめる仕事が必要になる.具体的には

といったところだろうか.

翻訳

基本的な工程は複数人で執筆する場合と同じで,今回は一翻訳者として参加した.

大きな違いは,一から執筆するか翻訳するかの違いである. 翻訳は,元の文章を尊重する必要があることが特徴だと思う.これによって良いところとやりづらいところがうまれてくる.

翻訳のいいところは,作業時間の見積もりがほぼほぼ正確にできる点であろう. 特に今回は,ほぼ全て知っていることが書いてある書籍であったため,読みやすい日本語文に変換することに集中すればよく,かけた時間にほぼ比例するだけ翻訳が進む. よって,締め切りから逆算することもできるし,自分の本の執筆に疲れたときに休憩がてら翻訳することもできる.

翻訳のやりづらいところは,原本で納得いかない書き方をしてあるところでも,それをそのまま翻訳することが期待されていることである. もちろん間違いがある箇所については訂正が入るのだが,論理展開など,こうしたらいいのになぁと思っても,それを反映させることは容易ではない.

まとめ

以上,私が経験した専門書執筆の3パターンをざっと説明してきました. なににせよ大事なことは,

であろう.

機械学習による分子最適化」発売中です.お買い求めいただけるとうれしいです.

12月にもう一冊,来年にもう一冊出る予定なので,そちらもぜひ.